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ネパールの首都カトマンドゥからバスで6時間離れた森林地帯のチトワン出身であるオムバルティ氏は、日本とは異なる自然な環境下に生まれ育っていることからか当然日本人とは「ちがう」思考、思念傾向をお持ちだと思います。

時として大胆で大らかでありながら繊細でもあるその瞑想指導は、氏の知性を十分に発揮していながらも、自分を脇に置き和尚の芳香と実存を顕現させるに十分な資質を備えています。

その生涯を献上したといっても過言ではない和尚に対する氏のピュアな姿勢には、敬意を通り越して驚きすら覚えることがあります。 しかし、それでいて周囲に必要以上の「重さ」を感じさせない優しさと軽やかさも氏の特徴であり魅力です。

人里はなれた「石裂山瞑想の家」では、ほとんど何の障害もなく思いっきりアクティヴ瞑想に身をゆだねることが可能です。 氏の瞑想指導もその実力を自由に遺憾なく発揮できるこの地でのキャンプは、シンプルでなおリピーターを惹きつけて止みません。

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チトワン・タターガタ・ラジニーシ瞑想センターにて。
「一万人のブッダたちへの百話」の著者マ・ダルマ・ジョティとファシリテーター。( 1番目写真。1番右がファシリテーター。その隣がジョティ。 2枚目写真。右から二人目がファシリテーター。その左がジョティ。)

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1958年 ネパール・チトワン生まれ。

1977年 和尚(バグワン・シュリ・ラジニーシ)の本に遭遇。

1980年 プーナアシュラムでサンニャシンになる。 (和尚から直接のイニシエ ーション)

1981年 チトワン・タターガタ・ラジニーシ瞑想センターを スタート。

1982年〜1985年 ポカラにて和尚の個人秘書であるスワミ・ヨガ・チンマヤ の指導するダイナミック・アドバンスコースに参加。 深遠な瞑想体験を経験。

1988年 チトワン、ソーラハーにてラジニーシ(和尚)マイトレア瞑想センターを創設。 プーナのトップセラピストを招聘し様々なセラピーグループをオーガナイズ。 同センターで多くの西洋人も含め、約1500人が和尚サンニャシンとなる。 (☆その活動は1995〜1996年のラジニーシタイムズに掲載)

2001年 来日。以降、日本国内(盛岡市)で貿易会社を経営。

2007年〜2009年 栃木県鹿沼市の「石裂山瞑想の家」を中心に定期的に瞑想キャンプに参加して和尚の初期の瞑想を紹介。 2008年11月から瞑想キャンプをファシリテート、現在に至る。

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写真右はスワミ・チャイタニヤ・キルティ。彼はニューデリーで出版されている月刊雑誌「OSHO WORLD」の編集長であり、プーナで出版されている「OSHO TIMES INTERNATIONAL」の編集長を1975年創刊時から務めている。