たかがお茶、

されどお茶。

万里のお茶の道も、一歩ずつ。

一歩ずつ。

ヒマラヤの麓で取れたこだわりのお茶でささやかな「至福の」ひとときはいかがですか?

この「お茶の道( The Way Of Tea )」のページでは岡倉覚三(天心)先生著「お茶の本(The Book Of Tea)」からの引用とともにお茶の「精神(エッセンス)」、「美(ビューティー)」、「素晴らしさ(ワンダー)」を少しでも紹介させて頂き、より深くそして豊かにお茶を楽しんでいただくヒントを皆さまに提供できればと思います。それにしても古典は常に新しい。最近殊にそれを実感します。情報が爆発的に増加して飽和する現代。ゆっくりお茶でも飲みながら古典を精読・熟読するもの大変よろしいかと思います。


 

 

“ Quotes From  「THE BOOK OF TEA」  (Chapter 1 The Cup of Humanity)
by Kakuzo Okakura ”

“ Quotes From  「茶の本」岩波文庫  (第一章 人情の碗) 岡倉覚三(天心)著 村岡博訳 ”

“ Quotes From  「茶の本」講談社文庫  (第一章 人情の碗) 岡倉覚三(天心)著 宮川寅雄訳 ”

 

“ Tea began as a medicine and grew into a beverage. In China, in the eighth century, it entered the realm of poetry as one of the polite amusements. The fifteenth century saw Japan ennoble it into a religion of aestheticism—Teaism. Teaism is a cult founded on the adoration of the beautiful among the sordid facts of everyday existence. It inculcates purity and harmony, the mystery of mutual charity, the romanticism of the social order. It is essentially a worship of the Imperfect, as it is a tender attempt to accomplish something possible in this impossible thing we know as life. ”

“ 茶は薬用として始まり後飲料となる。シナにおいては八世紀に高雅な遊びの一つとして詩歌の域に達した。十五世紀に至り日本はこれを高めて一種の審美的宗教、すなわち茶道にまで進めた。茶道は日常生活の俗事の中に存する美しきものを崇拝することに基づく一種の儀式であって、純粋と調和、相互愛の神秘、社会秩序のローマン主義を諄々と教えるものである。茶道の要義は「不完全なもの」を崇拝するにある。いわゆる人生というこの不可解なもののうちに、何か可能なものを成就しようとするやさしい企てであるから。”(村岡博訳)

“ 茶は医薬としてはじまり、のち飲料となった。中国においては、八世紀に高雅な娯楽の一つとして詩歌の領域に登場した。十五世紀となると、日本はこれを審美的宗教、すなわち茶道にまで高めた。茶道は、日常生活の俗事のなかにあって美しいものを崇敬する一種の儀式である。純潔と調和、相互愛の神秘、社会的秩序のロマンチシズムを、人々の心に培うものである。それは本質的に「不完全なもの」を崇敬することである。いわゆる人生という不可解なもののうちに、何かしら可能なものを成就しようとする優しい試みなのである”(宮川寅雄訳)

“ The Philosophy of Tea is not mere aestheticism in the ordinary acceptance of the term, for it expresses conjointly with ethics and religion our whole point of view about man and nature. It is hygiene, for it enforces cleanliness; it is economics, for it shows comfort in simplicity rather than in the complex and costly; it is moral geometry, inasmuch as it defines our sense of proportion to the universe. It represents the true spirit of Eastern democracy by making all its votaries aristocrats in taste. ”

“ 茶の原理は普通の意味でいう単なる審美主義ではない。というのは、倫理、宗教と合して、天人に関するわれわれのいっさいの見解を表わしているものであるから。それは衛生学である、清潔をきびしく説くから。それは経済学である、というのは、複雑なぜいたくというよりもむしろ単純のうちに慰安を教えるから。それは精神幾何学である、なんとなれば、宇宙に対するわれわれの比例感を定義するから。それはあらゆるこの道の信者を趣味上の貴族にして、東洋民主主義の真精神を表わしている。”(村岡博訳)

“ 茶の哲学は、普通の意味での単なる審美主義ではない。というのは、倫理、宗教と結びついて、人間と自然についての、われわれのありとあらゆる見解を表しているからだ。それは清浄を旨とするが故に衛生学である。複雑で、ぜいたくよりも、むしろ単純のなかに自足を教えるがゆえに経済学である。それは宇宙に対するわれわれの比例感を規定するがゆえに精神幾何学である。茶道は、すべての茶道愛好者を趣味上の貴族にすることによって、東洋民主主義の真髄をあらわしている。”(宮川寅雄訳)